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9日に投開票が行われたフィリピン大統領選で、かつて独裁政権を敷き、失脚した故マルコス元大統領の長男、フェルディナンド・“ボンボン”・マルコス元上院議員(64)が、父親が当選した1965年同様、地滑り的大勝を果たした。その要因はマルコス時代へのノスタルジアと、暗黒政治に対する記憶の欠落だと米紙ワシントン・ポストが分析した。
マルコス氏は父親の地元でもある北イロコス州で知事を務めた後、2010年から上院議員を1期6年務めた。選挙戦ではドゥテルテ大統領(77)の政権が進めたインフラ整備や麻薬対策などの政策の継承を訴え、2位のレニ・ロブレド副大統領(57)に大差をつけた。大統領の任期は6年で、マルコス氏は議会の承認を経て、来月30日に大統領に就任する。
ワシントン・ポスト紙は10日、「フィリピン大統領選は権威主義的ノスタルジアに警鐘を鳴らす」との論説を掲載し、父マルコス政権を振り返った。
首都マニラで起きた「ピープルパワー」(エドゥサ革命)により追放されたフィリピンの独裁者・父マルコス氏はイメルダ夫人ら一行ともに1986年、国民から強奪し、不正蓄財した金品を持てるだけ持って亡命先のハワイに向かった。
同紙によると、一行がマラカニアン宮殿から持ち出したのは30万ドル(約4000万円)分の金の延べ棒や15万ドル(約2000万円)の無記名債券、12万ドル(約1500万円)の値札が付いたままのブレスレット、100万ドル(約1億3000万円)相当の未使用貨幣など。さらに、ニューヨーク・マンハッタンやニュージャージー州に隠し持った不動産など、20年以上にわたる独裁で、国庫から盗んだ総額は100億ドル(約1兆3000億円)に上るとも推定される。
同紙は、不正蓄財がマルコス政権の汚れた遺産の一部でしかないと指摘。72年から10年近くにも及んだ戒厳令のもとで憲法は停止され、反対派指導者らを逮捕・拘留、〝廃品回収〟という名の非合法殺人、拉致、拷問など、強権を使った支配で国民を震え上がらせた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、マルコス政権下の弾圧で、少なくとも3200人が殺害され、約3万4000人が拷問を受け、約7万人が投獄されたという。
革命によりマルコス時代が終わって10年で外資誘致が進み、国内の設備は再建され、経済は成長。「ピープルパワー」で政権を担ったアキノ大統領から、92年には革命で民衆のために軍を指揮したラモス氏へと平和的政権交代を果たした。
その一方、フィリピンの貧困問題や不正は根深く、国家課題の農地改革や富の分配は進まなかった。多くの一般国民にとって変化はほとんどなく、そんな中でマルコス時代を懐かしむ風潮も生まれた。
65年に父マルコス氏が48歳の若さで大統領に就任した際には「アジアのケネディ」ともてはやされ、就任後の数年間で道路や学校、病院の建設などインフラ整備を積極的に行い、「緑の革命」でコメの自給を達成。高い経済発展を遂げた。