2022-05-04 アジア

ウクライナ首都キーウ近郊で起きた市民虐殺 チェチェン共和国の〝悪魔の部隊〟関与か

© Photo Credit: AP / 達志影像 Ramzan Kadyrov

注目ポイント

ロシアの侵攻により、ウクライナの首都キーウ郊外の町ブチャで数百人単位の市民が虐殺され、戦争犯罪の犠牲者とみられる遺体が発見されている中、地元住民による凄惨な殺戮(さつりく)の目撃証言から、〝悪魔の治安部隊〟と呼ばれるチェチェン共和国の武装集団が関与したことは確実とみられる。

チェチェンは1990年代、2度のロシアとの紛争の結果、制圧されて親ロシア派政権が誕生。イスラム教の高位聖職者だったアフマド・カディロフ氏が大統領に据えられたが、2004年に暗殺されると、その3年後に次男ラムザン・カディロフ氏(45)が大統領(首長)に就任。すると、プーチン露大統領に忠誠を誓うラムザン氏は独裁色を強め、同国の武装民兵組織「カディロフ部隊(カディロフツィ)」を利用し、ラムザン氏に敵対する人物の殺人、拷問、誘拐に深く関わる〝悪魔の治安部隊〟として恐れられている。

そのカディロフ部隊がウクライナ侵攻に投入されているというのだ。

米リベラル系ニュースサイト「デーリー・ビースト」はブチャを取材。当地で白昼に起きた戦争犯罪を自宅前で目撃したとするウクライナ東部ドンバス地方軍の元参謀副総長を務めたイゴール・ユシチェンコ大佐(61)ら、住民の生々しい証言を伝えた。

ユシチェンコ氏によると、ロシア軍がブチャに侵攻したのは2月27日。通りを歩いていた地元住民2人が相次いで銃撃され死亡。攻撃側の軍の隊列にチェチェン人部隊がいたことを同氏は、彼らの黒い軍服やイスラムのスローガン、ボディアーマーに刻まれたカディロフの名前などから確認できたという。

ロシア軍がブチャに侵攻してから約1時間後、ウクライナ軍の反撃により後退を強いられたが、カディロフ部隊はその後、町に戻ったという。「多くのチェチェン人兵士は市街地に侵入し、ウクライナ住民らを殺した」とユシチェンコ氏は証言。通行していた1台の一般車に向かって、少なくとも銃弾30発を浴びせ、運転手らを殺害。車は同氏が住んでいたアパートの横の道路で止まったという。続いて兵士らは車内の犠牲者2人の遺体を引きずり出し、路上に放り出して車を盗み、走り去ったと話した。

同サイトによると、虐殺の様子はユシチェンコ氏のほかにも、同氏の母親や友人、隣人らも目撃していた。

「彼らがここでやっていることは戦争犯罪だ。戦争ではない」とユシチェンコ氏は吐き捨てるように言った。

ブチャ近郊イルピンで市議会議員を務め、ウクライナ郷土防衛隊の副司令官でもあるアルテム・フーリン氏によると、カディロフ部隊はウクライナ住民を虐殺しただけではなく、友軍であるロシア兵をも殺害したという証言を耳にしたと明かした。

ブチャ同様、もしくはそれ以上の民間人が大量虐殺されたという隣町ボロディアンカの住民らの目撃証言としてフーリン氏は、カディロフ部隊がブチャから運んできた戦闘で負傷したロシア兵をボロディアンカの病院に連れていき、重傷のロシア兵をその場で撃ち殺したと語った。「そんなことをやるのはカディロフ部隊以外聞いたことがない」とした。

同サイトによると、住民らの証言から、カディロフ部隊が民間人を組織的に殺害し始めたのは3月5日頃からだという。ブチャのアナトリー・フェドルク市長は、同部隊が捕虜に白い布キレを腕に巻かせていたが、それと同じようなものが処刑された市民にも巻かれていたと述べた。

フーリン氏も路上に投げ捨てられた犠牲者の遺体から、処刑が行われていた形跡があるとし、1人の女性の証言を紹介した。女性と夫はチェチェン人兵士とベラルーシ人兵士から4日間にわたり拷問を受け、夫は頭部を撃たれて死亡したという。

北コーカサス地方に精通する米安全保障アナリスト、ハロルド・チェンバース氏はブチャでのカディロフ部隊の行動について、「驚きではない」とし、「軍事行動において、彼らが経験してきたのはこういった掃討作戦」だと指摘。「それはロシア軍が90年代のチェチェン紛争で行った1軒ずつシラミ潰しに住宅に侵入し、住人を殺害した残虐行為と同じだ」と解説した。

 

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