2022-01-26 政治・国際

台湾はいつも元気いっぱい(第2回)

© Photo Credit: AP / TPG Images

―コロナ禍のビジネス興廃-

台湾は初動から、新型コロナウイルスの上陸阻止及び感染の抑え込みに成功してきたし、去年夏のように、たとえ感染者が増えても、他国と比べると感染者数の桁が三つも四つも少ない。2年以上続くコロナ禍の中で、日本をはじめアメリカ、中国、ヨーロッパなどと比較して、台湾は人的にも経済的にもそれほど大きなダメージは受けていないように見える。コロナが世界中に拡大し始めた2020年冬、感染者こそほとんどいなかったが、台湾も様々なビジネスが影響を受けた。

観光業、飲食業、酒類提供の店、映画館、劇場などは、自粛、閉鎖、感染の恐れなどで客離れが起こり、経済的にダメージを受けたのは台湾も世界も同じであるが、台湾では去年の5月までは割と平気だった。5月に感染者が急に拡大し始めた時、台湾でもいろいろな対策が講じられた。その結果、筆者の知人で仕事を大きく減らしたのは、通訳業とイベント司会業である。

海外からのビジネスマンや観光客が台湾入国を制限され、日台のビジネス通訳や添乗員、ツアーガイドの仕事がまずなくなった。海外の企業が台湾でビジネスを展開する宣伝のために開かれる数々のイベントや説明会、講演会や展示会などの司会者も職を失った。しかし、数か月も経たないうちに、完全とは言えないまでも、この業界は復活した。

南港博覧会

通訳業は、来台できない顧客の為に会議や商談会、契約交渉などをすべてオンラインで行った。司会業は対象を海外から国内にシフトし、台湾の企業や団体のイベント司会を増やした。まもなく旧正月。この時期は尾牙(ウェイヤー、忘年会の意)があちこちで盛大に行われる。イベント司会は引っ張りダコである。

オンライン商談ブース

日本やアメリカ、ヨーロッパなど、世界中でオミクロン株の感染が急拡大しているが、台湾では多い日でも感染者は14人(1月13日)である。もちろん市井の人の中には不安がったり、心配したり、恐れたりする人も大勢いる。しかしそれでもみんなちゃんと感染対策をして、普段と変わらぬ生活を送ろうと官民ともに努力している。

 

第3回は、筆者が初めて台湾に来た1980年代前半から今までの景気や生活、町の風景がどのように変わってきたかについてレポートします。

 

オススメ記事:

台湾はいつも元気いっぱい(第1回)

「華燈初上(歓楽街にネオンの灯る頃)」―林森北路 今昔物語 前編―

「華燈初上(歓楽街にネオンの灯る頃)」―林森北路 今昔物語 後編―

台湾人が選ぶ「今年の漢字」

台湾のコロナ対策と市民生活 ―コロナ発生から丸2年-