2022-04-21 経済

「台湾なまり」のチベット人シンガーソングライターの憂鬱

© Central Tibetan Administration より転載

注目ポイント

ウクライナの戦火が止まない中、中国の芸能界を揺るがすできごとがあった。それはイケメンのシンガーソングライター、ツェワン・ノルブ氏(才旺羅布Tsewang Norbu、1996-2022)の焼身自殺だ。

R&Bと民族音楽を歌い、「普通話」を密かに拒絶するこのツェワン・ノルブ氏の歌声は、内なるメッセージとして心にじわじわと沁みてくる。本来、音楽は誰にとっても平等で、世界共通の言語としての役割も果たしている。戦後の混乱期においても、台湾、日本、大韓民国、フィリピンなど、国同士の交流が少なくても、米軍が持ち込んだロックやジャズなどの洋楽により、お互いに共通する言語のようなものができていたといわれている。また中国でも、改革開放政策、そして90年代以後深まった台湾との交流により、このような洋楽も定着して、中国と台湾、そして世界との文化交流の共通言語となっている。しかしその一方で、中国の少数民族の文化は、尊重されていく台湾の原住民族とは違い、ただアリバイのように存在して、主体性はおろか、その文化そのものが激しい同化政策に抹殺されていく。

今やチベットの人の声は、ウクライナの人々の声と同じく、大国の砲声の中で聞こえなくなっている。「一人の人間の死は悲劇だが、百万人の死は統計学上の数字でしかない」という中国のスラングのように、私たちは不特定多数の他人の悲劇には、ある意味麻痺していることすらある。しかし、あくまでも「数字の中の一人」であるツェワン・ノルブ氏の「悲劇」とその不屈の魂は、台湾なまりの中国語で、R&Bの調べと共に、確かに私の耳に届いた。彼が伝えたかった心の声、そしてチベット人の声が、より多くの人の耳に届くことを心から願いたい。

尚、本稿の作成にあたっては、在日中国人作家劉燕子氏のご指導をいただきました。ここに謹んで感謝を申し上げます。


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