2022-04-21 経済

「台湾なまり」のチベット人シンガーソングライターの憂鬱

© Central Tibetan Administration より転載

ウクライナの戦火が止まない中、中国の芸能界を揺るがすできごとがあった。それはイケメンのシンガーソングライター、ツェワン・ノルブ氏(才旺羅布Tsewang Norbu、1996-2022)の焼身自殺だ。

2月25日、一人の青年がラサ市のポタラ宮(チベット仏教信仰の聖地)の前で、なんらかのスローガンを叫んだ後に焼身自殺を図った。その数日後に死亡が確認され、身元調査でツェワン・ノルブ氏であることが分かったという。チベット亡命政府の公式ウェブサイトは、ノルブ氏の家族には死亡が知らされただけで、遺体は返還されていないと報じたが、詳細は不明のまま、その後この話題に触れられることはなかった。

Photo Credit: AP / 達志影像

2009年以後、チベット族人の度々の焼身自殺はもはやニュースにはならない。1951年のいわゆる「チベット解放」以後、中華人民共和国がチベット自治区で行った統治は、チベット仏教を含めたチベット族文化を厳しく弾圧し、僧侶も含めた全てのチベット族人に愛国教育を強制している。そのような実情の中で、彼らが自らの命を絶つことは、決して珍しいことではなくなっている。その中には、チベット仏教の僧侶から大学生、学校教員、詩人、農民など、様々な立場や職業の人がおり、ノルブ氏は2009年以降で158人目となる。

ただ今回のツェワン・ノルブ氏の件だけは、台湾の友人達、そして海外在住の中国人の友人達からも驚きの声が絶えなかった。なぜなら、ノルブ氏は中国で人気随一の歌コン番組・浙江衛視テレビ「中国好声音」(Sing! China)第六シーズン(2021)の参加者として有名であり、当該番組はインターネットを通じて台湾を含めた中国語圏を一世風靡していたからである。そして、ノルブ氏はその甘いマスクだけではなく、歌唱力も評価され、短い期間で大量のファンを獲得していたのである。

彼のことをより深く知るために、彼のウェイボー(Weibo、中国語版のTwitterと言われているSNS交流サイト)アカウントをたどってみると、一瞬で彼の歌声に魅了された。むしろそれ以上にその発音と歌い方に一種の郷愁を感じたのである。彼はR&Bの曲調に長け、その歌い方は、どちらかというと2000年以降の台湾の男性R&B歌手、例えば林俊傑(1981-、シンガポール出身、2003年に台湾にてデビュー)、周杰倫(ジェイ・チョウ、1979-、2000年デビュー)に極めて近いように感じられた。

「郷愁」まで感じたというのは、おそらくその“そり舌音”や音節末鼻音が、中国大陸の北京語「普通話」よりも、「台湾腔(チャン)」、つまり台湾「国語」に近い発音が目立つためだろう。こういう発音は元々中国の標準ではないとされてきたが、2000年代に台湾と中国の交流が盛んになり、台湾のテレビ番組や芸能人が中国に進出したことにより、一般の人にもなじみがあった。

そして彼の歌声にはもう一つの特徴がある。それはチベット族独特の特殊な共鳴法による民族的な歌唱法だ。シンガーソングライターとしてのノルブ氏のネット上の動画では、北京語と英語のR&Bだけではなく、チベット語で自作の民謡風の曲を歌う動画も確認できる。彼が創作したチベット語の歌も中国語の歌も、「故郷」「高原」がキーワードとなっており、チベット人としてのプライドが込められている。

Photo Credit: AP / 達志影像

ただここで疑問に思ったことは、ノルブ氏の残した映像の中には、愛国心をアピールする歌がほとんどないことである。それだけではなく、前述のように、標準語といわれる「普通話」ではほとんど歌わない。彼のように絶大な人気を持つタレントは、国慶節や旧暦新年のような重要な日には、「我は祖国を愛す」などの歌でアピールしないと、ネット民の攻撃の的となり、レコード会社にも迷惑をかけることになる。ノルブ氏の母親、ソナム・ワンモ氏(索朗旺姆Sonam Wangmo、1977-)も国家に認められたチベット歌謡の大家であり、国に奉仕すべきであることについては十分に理解していたはずである。

すると、彼が残したウェイボーアカウントに、彼の心情を推し量る二つのメッセージが残されていた。一つは彼が命を絶つ前の2月22日にデジタルリリースした中国語新曲「如果有遺憾也別偷偷放不下(悔いがあっても一人で執着しないでほしい)」である。その二日後の24日、つまり自死の前日には同曲のミュージックビデオもリリースされていた。彼はファンたちには「ちゃんと歌詞を読んでね」と呼びかけていたが、おそらく、ポタラ宮の前で彼がとった行動には、中国共産党政権に対するアンチテーゼ、仏教の極楽浄土への希求、それらすべてを背負い、もうこの世に「悔いがない」「執着しない」ということが込められていたのだろう。

もう一つは、去年(2021)年の10月1日にアップロードされた中国の国慶節を祝う、「為祖国比心(祖国にハートを)」という短い動画である。この類の動画は、大体みんな(好きでも嫌いでも)努めて明るい声と笑顔で撮影するが、ノルブ氏の動画は彼の他の動画や写真とは異なり、まったく表情のない作り笑いであった。言いたいことが伝えられない。撮りたくないことをやらされても断れない。この時の彼の苦悩はいかばかりであったことか。台湾人であればなおさら深く理解できるはずである。なぜなら、三、四十年前までは、台湾でも毎年、国慶節、蒋介石誕辰記念日、台湾光復記念日といった重要な祝日が連続する「輝く10月」には、どの歌手にも「愛国」プロパガンダの曲を歌うことが強制されていたからだ。このような類似した歴史的な経緯があって、台湾の社会運動のイベントでは、必ずチベット亡命政府の旗「雪山獅子旗」が掲げられ、常に台湾の社会運動参加者とチベット人との連帯を表している。

R&Bと民族音楽を歌い、「普通話」を密かに拒絶するこのツェワン・ノルブ氏の歌声は、内なるメッセージとして心にじわじわと沁みてくる。本来、音楽は誰にとっても平等で、世界共通の言語としての役割も果たしている。戦後の混乱期においても、台湾、日本、大韓民国、フィリピンなど、国同士の交流が少なくても、米軍が持ち込んだロックやジャズなどの洋楽により、お互いに共通する言語のようなものができていたといわれている。また中国でも、改革開放政策、そして90年代以後深まった台湾との交流により、このような洋楽も定着して、中国と台湾、そして世界との文化交流の共通言語となっている。しかしその一方で、中国の少数民族の文化は、尊重されていく台湾の原住民族とは違い、ただアリバイのように存在して、主体性はおろか、その文化そのものが激しい同化政策に抹殺されていく。

今やチベットの人の声は、ウクライナの人々の声と同じく、大国の砲声の中で聞こえなくなっている。「一人の人間の死は悲劇だが、百万人の死は統計学上の数字でしかない」という中国のスラングのように、私たちは不特定多数の他人の悲劇には、ある意味麻痺していることすらある。しかし、あくまでも「数字の中の一人」であるツェワン・ノルブ氏の「悲劇」とその不屈の魂は、台湾なまりの中国語で、R&Bの調べと共に、確かに私の耳に届いた。彼が伝えたかった心の声、そしてチベット人の声が、より多くの人の耳に届くことを心から願いたい。

尚、本稿の作成にあたっては、在日中国人作家劉燕子氏のご指導をいただきました。ここに謹んで感謝を申し上げます。


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