2022-04-15

台湾には300年間に“それぞれの流行色”があった—オランダ、スペイン、清、日本などの統治下時代

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注目ポイント

過去300年以上、台湾はオランダ、スペイン、清、日本の統治下にあった。 各時代に台湾にやってきた人々は、それぞれの土地に対する想像力を持ち、画材も本来の画風とは異なるため、台湾の姿を描く際には異なる色彩を残した。 各時代の台湾で使われていた「流行色」は何だったのか? 各時代の台湾のカラーパレットはどのようなものだろうか                              


 記事:台湾アパレル雑誌

多くのソーシャルメディアが「2022年のトレンドカラー」「代表的な色」の予測を発表している。そこで、ここ数年の流行色を振り返ってみよう。300年間の各時代の台湾で使われていた「流行色」は何だったのか? 各時代の台湾で使われていた色とは?


 

オランダ・スペイン時代 = 銅版画と手描き彩色

17世紀、オランダやスペインがヨーロッパからはるか遠く「東インド」に植民地を拡大するためにやってきた。台湾も標的の一つであった。 おなじみの「サツマイモ」や「甘麦」を持ち込むとともに、台湾のイメージを描き、当時の人々がこの東洋の島をどう見ていたかを示している。

紙だけでなく、銅版に描かれたフォルモサの姿は、印刷されて国に伝えられるようになった。 17世紀のカラー画像は、現在の多版印刷とは異なり、印刷前に手作業で部分的に着色していた。

ココナッツグリーン:#42422C

ガウンブルー:#59717D

マソレッド:#BC4E33


17世紀の東インドでは、亜熱帯、熱帯の「ココナッツ」が描かれることが多かった。軍服や神仏の像も、西洋の宗教解釈で描かれ、背中に金色の神仏や天使や獣の像が描かれ、君主や指導者には青や緑のローブがよく使われるようになった。

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台湾におけるオランダとスペインの統治時代は1624~1662年

参考画像:「忠実な旅行者の手記によると、有名な海賊イークェンとコクシンガがかつて立っていた中国周辺の島々」ヴァン・デル・ア、ピーテル著。 Ma Zu; François Valentijn, Oud en Nieuw Oost- Indiën (Dordrecht: Joannes van Braam), 1726, Vol. 4, Part II, Book 3, p. 45.


 

【明鄭時代】=水墨画肖像画(凹型)

明が清に倒された後、「南方明」だけが残され、「清に明を取り戻す」ために奮闘したのである。 鄭成功や残された南明王族は、当時の中国の水墨画のシステムを持ち込んで、台湾を拠点に活動するようになった。

カウンティキンググリーン:#4B5F3C

ブルー:#02449A

道教の衣ブルー:#091F5B

中国の伝統的な絵画の多くは、西洋の細密なスタイルとは対照的に、無形の意味合いを重視している。 雰囲気のある山水画だけでなく、人物描写(肖像画)も貴重な資料で、その多くは当時台湾を支配していた鄭氏によって描かれたもの。 文人たちの優雅さを表現するために、より明るく抑制の効いた色が選ばれ、当時の程家がもたらした中国の学者や文人たちの美学を表現している。

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1662年から1683年までは、台湾南部の延平の王、鄭成功が築いた政治支配の時代である

参考画像:鄭成功の肖像、台湾の幸福な旅、鄭靖の肖像

 

清朝時代以前 - 画家の鮮やかな色彩

"清朝初期は受動的統治の時代 "と教科書にも定義されている。 清朝にとって台湾は辺境の地であったため、残されたイメージの多くは、彼らが「少数民族」、つまり今日の原住民族とみなしているものである。


オレンジ:#DA6731

オフィシャルハットレッド:#D63C32

トリビュートパープル:#B47BA4


その多くは清朝から派遣された画家が描いたもので、鮮やかな色彩を用いて華人社会の特色を強調した「范式彩票」や、清朝王室に献上するために漢人の目を意識して装飾やイメージを施した「黄公雕刻」などがそれにあたる。 いずれも史実とはやや齟齬(そご)があり、研究としては特に注意が必要なシリーズだが、その色使いは当時の漢民族が島をどう捉えていたかを表していると言える。

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清の前後期は、清朝が明・鄭両朝を攻撃するために石琅を派遣した1683年から、牡丹社事件以前の1874年までである
 

参考画像:磐石集落図、皇室御用達図、岸里集落の地頭職磐敦斎の肖像画

 

【清朝末期】~飾り罫の鮮やかな配色

この時代に残された絵画の多くは、家族内の先祖の肖像画であり、インターネット上ではあまり見かけることはない。 しかし、古いものだからこそ、残された衣服や織物が多く、清朝時代の台湾人の配色に対する考えを垣間見ることができる。


レイクグリーン:#A2AD9D

タイガーフラッグ・イエロー:#F5C74D

サイロオレンジ:#E8A97E

清朝の台湾人は、カラフルな服、特にドレスを好んで着ていた。 また、彩度の高い対照的な色使いは、現存する多くの織物にも見られ、儀礼衣装のほか、「台湾民主国」の青地黄の虎の旗にもこの特徴が見られる。

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清朝後期は、1874年から1895年の日本への割譲終了まで、清朝による積極的な統治が行われた

参考画像:青地に黄虎旗、オレンジシルクのラペル付き女性用シャツ、レイクグリーンのジャカードのラペル付き女性用シャツ


日本統治時代=近代の書道と三色刷り

日本の統治によって近代的な建築が行われるようになり、三色印刷の技術も台湾にもたらされた。 3原色を使った重ね刷りなので、大量に印刷でき、広告や絵葉書(ポストカード)に適している。

シープレートレッド:#B86C5Cを参照してください。

バナナグリーン:#314744

ウォールタイルイエロー:#EEBD78


台湾は亜熱帯の島で、温暖な日本とは全く違うので、日本人は台湾を「南」の色を多用した絵で表現していた。 例えば、「芭蕉」は広告や絵本によく登場するイメージだ。 背景の色も赤や黄色などの暖色系が多く、カラフルで歓迎されるコロニアルイメージを反映している。

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日清戦争の下関条約後、日本は台湾を統治した(1895年〜1945年)。

参考画像:高砂ビール、フォルモサウーロン茶の広告

「台湾カラー」と写真との色の違いはあるが、初期の台湾カラー切手の配置を見ると、現代とは明らかに異なる雰囲気があり、時代を浮き彫りにしていることがわかる。是非 クリエイティブなアイデアが必要な時に、見てみるといいだろう。


 

 

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