2022-04-06 ライフ

馬だけで暮らす無人島。 そこに魅せられた写真家が撮り続ける幻想風景

北海道・根室市の沖合に、馬だけが生息している無人島、ユルリ島がある。

同じ北海道の稚内出身の写真家・岡田敦は、2011年からこの島を毎年のように訪れ、写真と映像を撮り続けてきた。そのオフィシャルサイトの日本語版、英語版がリリースされ、幻想的な美しさが話題を呼んでいる。

しかし岡田は、最初はさほど珍しいとも思わなかったという。

「最初は知り合いの編集者から世間話のように聞きました。自分も北海道の出身なので、馬という動物に対してそれほど珍しいという感覚はなかったんですよ。ただ、立ち入りが禁止された無人島に、かつて北海道の開拓に貢献した道産馬だけが暮らしていて、もうメスしか残っていない。このまま消えゆくかもしれない馬の存在に写真家としてひかれました」

もともと、北海道に多かった「北海道和種」(道産子)という種類の馬は小さかったそう。しかしそれに欧米の馬の種類を掛け合わせて農耕馬としてつくったのが、道産馬だった。

「農耕馬は、畑を耕したり、荷物を運んだりするための馬です。オス馬が群れのなかに何頭もいると争いが起こるので、牧場でもどこでもオス馬が産まれると去勢するか、優秀な種馬以外は間引いてセリに出してしまう。メス馬を大事にしてきた歴史があるようです。それで、無人島に残っていたのも何頭かのメス馬でした」

岡田は2009年頃から根室市に撮影許可を取ろうと試み、2011年に叶えられた。

「2011年3月に東日本大震災が起き『今ある自然は永遠にあるものではない』と再認識し、改めて根室市に手紙を書きました。たとえ島の馬がいずれいなくなっても、写真で残しておく価値はあると」

しかし、岡田にもその島がどんな景色なのかは、想像がついていなかった。

「ひょっとしたら荒れ果てた原野に馬が走っているだけかもしれない。可哀想な姿かもしれない。人を魅了するような幻想的で美しい世界が広がっているとはまったく期待しないで行きました」

撮影に行くと言っても、陸から2.6キロの沖合い、断崖に囲まれた島である。辿り着くだけでもかなり過酷だった。

「半月ぐらいスケジュールを開けて、漁師さんの船が空いている日に連れていってもらうんです。だから波があると船は出ないし、渡れないかもしれない。迎えに来てもらうのも大変ですし」
そうしてようやく辿り着いたユルリ島。その光景は、瞬時に岡田の心を掴むこととなった。

「単純に記録として馬の写真を撮るのではなく、作品のなかにその姿を留めることによって、人の記憶の中で島の馬の存在を生かし続けたいと思うようになりました」

それから彼はユルリ島の撮影に何度も訪れることになる。たとえ半月の滞在で、2日しか撮れなくても、30分しか撮れなくても。霧深い夏の日、雪の積もる厳冬。

「冬はマイナス15度くらいでしょうか。過酷?過酷とは感じたことはないです。馬はどんな状況でも穏やかで、苦しそうな表情を見せたことはないですからね。吹雪いていても平気で草を食んでいるし、敵もいなくて何かを警戒する様子もない。人に嫌なことをされたこともない馬たちなんです」

馬たちは、島に生える草だけで生きているが、体格も良い。

「島の馬がこれからどうなるのかは僕にもわかりません。地域の人たちも身近にありすぎて価値のないものだと思っていたようですが、外から見た時に憧れをもたれるような島なのだと気づき始めたようです。でも、労力としての馬の役割もとうの昔になくなり、馬を飼う人も、馬のあつかいに慣れた年配の人たちも少なくなってゆくなかで、“馬のいる島”をいつまで続けられるのかはわかりません。存続させたくても、できなくなる日がくるかもしれない。だから、地域の人たちが続けたいと思ううちは、“馬のいる島”が長く続けばよいなと思っています。そして、僕が写真を撮ることで地域が豊かになることがあるのであれば、また撮影に行きたいなと思います」

「ユルリ」とは、アイヌ語で「鵜のいる島」という意味だそうだ。今も、馬だけでなく海鳥の繁殖地としても大事な場所である。そこにはおそらく、動物を育む希少な植物も存在しているのだろう。

写真家・岡田敦の自然への愛情と畏怖、そして生命が生命を見つめるあたたかい視線が、映像から伝わってくる。ぜひ、サイトを見てもらいたい。


 

ユルリ島ウェブサイト

https://www.yururiisland.com

 

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